第62回 真田信繁 最後の決戦『大坂の陣』
今回のテーマは、「大坂の陣」
▼ひも解く歴史の謎
①真田一族 強さの秘密とは
②「真田丸」は信繁が破壊した!?
③秀頼が家康に叩きつけた挑戦状
「大坂の陣」で真田丸を築き、徳川家康を最後まで追い詰めた真田信繁(幸村)。強大な徳川軍をも寄せ付けない強固な砦「真田丸」誕生の裏には父・昌幸の知略がありました。
九度山で信繁に託された昌幸の作戦とは。
大坂冬の陣で真田信繁は善戦するものの、最終的には徳川と豊臣は和睦。その条件として、真田丸も取り壊されることになります。しかし、和睦は豊臣家滅亡を目指す徳川家康の罠でした。なぜ家康は執拗なまでに豊臣家滅亡を目指したのか。そこには、ひ弱なイメージとは全く異なる豪胆な豊臣秀頼の姿がありました。
「方広寺鐘楼事件」での家康の言いがかりがきっかけと言われる大坂の陣。しかし、開戦の引き金を引いたのは、秀頼が家康に叩きつけた1通の挑戦状だったのです。
ドラマには描かれない大坂の陣の真相に歌舞伎俳優・尾上松也が迫ります。
古地図案内人:福田千鶴(九州大学文学部教授)、真田徹(仙台真田家13代当主)