第4回  京都・城に秘められた権力者たちの思惑

京都・城に秘められた権力者たちの思惑 第4回

数多くの神社や仏閣があることで知られる京都ですが、かつて京都には130以上もの城が存在していました。歌舞伎俳優・尾上松也が、古地図を片手に、現れては消え、また現れる数々の城の謎に迫ります。世界文化遺産・二条城。江戸時代初期に徳川家康が築かれたこの城は、徳川家の威信と権力を象徴した存在でした。古地図を見ると、かつては存在した天守があるときを境に無くなっていることが分かります。なぜ無くなってしまったのか...その答えには二条城の役割が大きく影響していました。また、二条城と呼ばれる城は、歴史上4つあったことも分かります。それらを建造したのは、織田信長、豊臣秀吉など。彼らはなぜこの場所に城を築いたのでしょうか。そこには時の権力者の壮大な思惑が秘められていました。豊臣秀吉は、巨大な城・聚楽第も京都に築きました。金箔の瓦などを用い豪華絢爛だった聚楽第でしたが、わずか8年で秀吉自らの手によって破壊されます。はたしてその理由とは。また、幻の城として長年詳細が不明だった伏見城(指月城)の場所が、今年6月発掘調査によって特定されました。尾上松也はその場所を訪れ、秀吉が伏見城を築いた理由に迫ります。

古地図案内人:山田邦和(同志社女子大学教授)